AYAKA基金 略年表

1991年 夏 AYAKAちゃんと出会う
1992.10 AYAKAちゃんの為に「AYAKA MY LOVE」を創作し、アルバム「慈愛(JIAI )」の中に入れる
1993.6 「AYAKA基金」設立
募金活動、ボランティアライブを開始
第1回「ミュージシャンズ・カーニバル」開催
その後、毎年、伊丹を中心に開催される
1995.9 AYAKAちゃん、9才で多くの人に見守られながら亡くなる
1996.10 筋ジス等の難病の原因究明をさらに進めることを求める署名運動を展開、20,000人の署名を集め、厚生大臣に提出する
1996.12 伊丹市立高校(兵庫県伊丹市)の生徒たちで、ミュージシャンズ・カーニバルを開催
1997.8 今までに集まったAYAKA基金の一部を、小泉厚生大臣(当時)を通して、国立精神・神経センター神経研究所に寄付をする。また、研究予算の増額が認められる。
1999.1 AYAKA基金をもとに「筋ジストロフィーは、ここまでわかったPART2」(編集/発行:筋ジストロフィー研究連絡協議会)が発行される
1999.10 鹿児島の有志が、BOROの思いを受け、ミュージシャンズ・カーニバルを鹿児島で行う
2000.2 大阪府立豊川中学校の強い希望で、「ミュージシャンズ・カーニバル」を開催し、21世紀を担う子供たちに向け、メッセージを発信する
2000.9 産経新聞紙上で、「命の歌の物語り」と題しBOROの今までのAYAKA基金の活動について連載される
2000.9 ミュージシャンズ・カーニバル(伊丹市共催)が盛大に開催される
2000.11 今までに集まったAYAKA基金の一部を、津島厚生大臣(当時)を通して、国立精神・神経センター神経研究所に寄付をする。
2001.9 前年に引き続きAYAKA基金の一部を、坂口厚生労働大臣を通して、国立精神・神経センター神経研究所に寄付をする。
2001.10 第15回ミュージシャンズカーニバル開催

2002.6

2002.10

2003.6

2004.10

坂口厚生労働大臣に400万円目になる『命の募金』を届ける…
更なる 難病克服へ向けての意識を高め合う会談となった。

第16回ミュージシャンズ・カーニバル開催。

坂口大臣に500万円目の『命の募金』を届ける…

尾辻大臣に600万円目の『命の募金』を届ける…

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